“型破り”と“型なし”

このブログタイトルあるこの言葉にまつわるお話。

型破りというとかっこよく聞こえると思います。

“オレは既成概念をぶっ壊して自分のルールでやってくぜ!”って感じですかね。

 

かの中村勘三郎さんも座右の銘にしたぐらい、これについては素晴らしい言葉があって

 

「若い人はすぐ型破りをやりたがるけれど、型を会得した人間がそれを破ることを『型破り』というのであって、型のない人間がそれをやろうとするのは、ただの『かたなし』です」

と。

 

そうなんです、ネット社会の今、情報を掴んだだけで分かったつもりになり、“型破り”的なことをしようとする。

これは“型破り”ではなくて、ただの“かたなし”なんです。

 

死ぬほど基礎を叩き込んで、物事が見えてきて初めてその物事の常識を覆そうとしたり、既成概念をぶち破ろうとするのが“型破り”なんです。

リオオリンピックで銅メダルを獲得し世界ランキングも一桁のテニス錦織圭選手もマイケル・チャンに師事するまではランキング一桁になかなか入れず、伸び悩んでいました。これを打破したのはエア・ケイではなく、マイケル・チャンに基礎を叩きこまれたからです。

 

やはり基礎なんです。

 

これをすっ飛ばしていきなりカッコつけようとしても“かたなし”なだけで、成果も上がりづらく、かっこ良くも観えません。

 

また、これも同じような話ですが

 

“分かる”と“会得”

 

これも勘違いしやすいですね。僕らのようなIT系で仕事をしているとなんでもネットで情報をインプットし、分かったと勘違いしているところがあるんじゃないかと思ってます。

 

上で書いた“基礎”と一緒で本当に分かるというのは頭ではなく身体が覚える事をいうんじゃないかと。

身体が覚えるところまでいって、“会得”といえるのではないでしょうか。

これもしっかり自分の中で再確認したいと思いました。

 

情報社会の今だからこそ改めて自分に言い聞かせたい言葉でした。